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​当塾の理念

賢くなる学童塾

 塾講師として300人以上の小中高生に関わり、大学現役合格を目指す子供たちを指導してきて強く感じたのは、高校入学時点で”賢い子”もいれば”賢くない子”もいるということでした。ここでいう”賢さ”とは高校入学時点でのテストの点がいいということではなく、想像力・多角的思考力・試行錯誤力といった本質的な賢さのことです。大学受験の勉強は中学校までとは違って、本質的な賢さが求められるため、物量や付け焼刃的な方法論による学習では早々に太刀打ちできなくなります。そのため、中学校までは成績トップだった子が勉強についていけず成績を大きく落としたり、逆に中学校までさえない成績だった子が勉強で才能を開花させ、成績トップまで上り詰めるということが往々にして起こります。
 こういった問題を解決するためには、想像力・多角的思考力・試行錯誤力といった本質的な賢さを身に着けておくことが必要なのですが、これらを習得するには長時間のトレーニングが必要なため、中高校生のような多忙な生活を送る子供たちが行うのは非常に困難といえます。したがって、遊びに没頭しやすく、時間があり、言葉を書けるようになった段階の小学校低学年の内に身に着けておくのが最も効果的であると考えております。
 本学童では子供に知育を強制することはなく、集団ACTやフリータイムの時間に”遊び”という形を通して子供たちの知能の育成に寄与するサービスを展開しています。子供たちが将来大学を目指したり、また社会人として大成したいという場合、その子の本質的な賢さというのは人生を生きていく上での強力な武器となります。本学童塾ではそういった子供たちの成長を願う保護者の方々に寄り添えるようなサービスを目指しています。

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スタッフ紹介

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秋山 直之(代表)

子供たちの自主性を尊重し、基本は見守りに徹しています。

パズルへの取り組みも「できたできない」ではなく、その子なりの頑張りや成長にフォーカスして声掛け、励ましを行っています。

主体的に遊ぶので子供たち同士のトラブルもあったりしますが、そういった経験も学びに変えられるよう最後には介入し、子供たちの成長を促しています。

当学童塾での経験を通じて、何かしら学びを得ながら人間として成長してほしいと願い、日々子供たちと接しています。

子供の成長を見守る

​<来歴>

大阪大学大学院を卒業後、設計エンジニア(3年)、集団授業塾講師(5年)を経験。

塾講師時代の体験から、​大学受験や社会での仕事に耐えうる本質的な賢さを鍛える場所を作りたいとの思いで、2022年に学童塾KASICOを開設。

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安田 佳奈(サポーター)

工作が得意で、長期休みの時などは子供たちと一緒にモノ作りを楽しんでいます。

宿題やパズルプリントなど子供たちが頑張って困っているときは、積極的に声をかけて励ませるよう努めています。

私の言葉から元気をもらって、たくましく進んでいく子供たちを頼もしく感じながら、いつも見守りを行っています。

子供を励まし楽しませる

​<来歴>

デザイン専門学校を卒業後、家具営業や図工パークでの仕事を経験。現在は図工パークの教室長をこなす傍ら、子供の成長に寄り添える仕事を増やしたいとの思いで、学童塾KASICOのサポーターとして在籍。

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真鍋 彩加(サポーター)

子供たちと年齢が一番近いこともあり、よく一緒に遊んだり、頼られたりしています。

特に子供たちがパズルプリントで苦戦しているときは、寄り添って近くで見守るようにしています。

自分の限界のレベルに挑戦している子のサポートができるよういつも心がけています。

子供の成長に寄り添えるような先生でありたいと考えています。

​子供の頑張りに寄り添う

​<来歴>

香川県から保育士を目指して山陽短期大学に在学中。

子供と触れ合って学べる機会を求めて学童塾KASICOのサポーターとして在籍。

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開設までのヒストリー

ヒストリー

遊んでばかりの幼少期

​​小学生の頃は家に帰ると毎日友達の家に直行。パズルやTVゲームに没頭し、勉強らしい勉強や習い事などとは無縁の生活を送る。

​親から特別に何かを注意された記憶はなく、好きなことを好きなだけさせてもらう。

​(ただしお金に関しては渋め。。。)

野球に没頭した中学時代

​野球漬けの日々を送る。勉強はほぼテスト前日のみ。順位はいつも50番くらい。高校も野球をしようと思っていたため、工業高校か商業高校で進路を迷うが、友達の強い勧めもあり、倉敷青陵高校に進学。(現役合格かつ国公立大学に行くことを条件に普通科への進学を許してもらう)

一転勉強漬けの高校生活

​高校入学後の最初の実力テストで下から50番と早速やらかす。担任との最初の面談で「岡大は絶対無理」と言われ、勉強を本気でやることを決意。1日4時間以上の勉強を敢行し、3年生になると気づけば学年トップ、第一志望は東大に。

悲しい入試と楽しい大学生活

センター試験前日に39度の発熱。大きく点数を落とし、そのまま東大受験も失敗。悲しみの中、後期試験で受かった大阪大学に進学。​しかし、大学での生活は大いに楽しむ。微生物研究に没頭し、そのまま業界トップの会社に設計エンジニアとして就職。

ハードワークの日々と転職

1年目より複数案件を任され多忙な日々を送る。

3年目には海外設計がメインになり、台湾と日本を行ったり来たりの生活を送る。生活に漠然とした違和感を感じていた中​、祖父が急死。実家の都合もあり転職を考える。「人生二度なし。やりたかった仕事をやってみよう!」と決意し、教師(塾講師)に転職。神戸でゼロから仕事を学ぶことに。

塾での気付きと決意

1,2年目は小中学生の集団授業を担当し、2年目の途中から難関大合格を目指す学区で一番賢い高校生の集団授業を担当。当初は自身の経験から「難関大ぐらい勉強すれば誰でも入れる」と考えていたが、やっていくうちにそれが間違いだと気づく。

この頃から成績が伸びるタイプの子にヒアリングを開始。結果、幼少期の遊びと家庭環境に共通点があることに気づく。「この時期の子供たちのサポートをしたい!」と強く思い、幼少期の“遊び”体験のサポートに特化した学童塾を作ることを決意。

2022年4月、岡山に”学童塾KASICO”開設。

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