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どこまで先を考えての教育?

 コ ラ ム 

2026年2月10日

どこまで先を見て、教育を考えるか

日々、子供たちに接していると、 教育というのはつくづく難しいなと思います。

おなじ子供の姿を見ても、それをどう捉え、 どこをゴールにするかで、接し方がまったく変わるからです。




教育の難しさと時間軸

たとえば、赤ちゃんに対して「赤ちゃん言葉」を使うことがあります。

赤ちゃんには「赤ちゃん言葉」のほうが分かりやすいからという理由で、「赤ちゃん言葉」を使うのですが、ただ長いスパンで考えたときに、

「いずれは赤ちゃん言葉を使わなくなるのだから、もっと大人の言葉で話したほうがいいのではないか?」とも考えられます。

どちらが正解というわけではないですが、考える時間軸によって対応が全く異なってきます。



今回は論文のような根拠がある話ではありません。 私が普段、何を考えて子供たちに声をかけているか。

その頭の中を少し整理をして話してみようと思います。




あえて間違いを指摘しない理由

私は基本的に、目先の行動や間違いを、 すぐに修正しようとはしません。

ある程度のタイムスパンで、 メリットとデメリットを天秤にかけるようにしています。


例えば、子供が宿題を間違って書いているとき、

私は基本的に自分から子供にそのことを指摘することはありません。


なぜなら、間違いをすぐに指摘されると、 子供にとって宿題は「監視」や「評価」の対象になります。

宿題に対して恐れを抱き、 意欲を失わせる結果に終わることがほとんどだからです。




心の揺れを奪わないために

小学校低学年くらいの間違いであれば、 数ヶ月もすれば、自分でどこかで気づくことができます。

大人が指摘してしまうと、この「あ、間違えていた!」と気づく、 小さな心の揺れや喜びを、奪ってしまう結果になります。


もちろん、本人から「合ってる?」と聞かれたら、 それとなく、遠回りに指し示すことはあります。

ただ、それはあくまで、 子供から求められた時だけです。




婦人の仁という戒め

今目の前にいる子供の小さな不快を取り除くためだけに、 発言や指導を行うことはありません。

低学年の子なら半年から1年先。 中学年の子なら5年以上先のことまでを考えて接するようにしています。

その根幹には、その子が一人の自立した大人として、社会に貢献できる立派な人物になってほしいという思いがあります。


儒教では、相手の目先の不幸を取り除くためだけに、 その先を考えずに行動することを「婦人の仁」と呼びます。

それは本当の慈しみではない、と厳しく戒められています。


私たち人間はどうしても、 目先のことにとらわれてしまいがちです。

それが人間らしさでもありますが、 一歩引いて見守る勇気も、教育には必要なのかもしれません。




共に考える、ということ

KASICOではスタッフ同士で、 「今、どう声をかけるべきか」を日々考え合っています。

これまで多くの事例を見てきたからこそ、 お伝えできるノウハウがあると感じています。

定期的な懇談などを通じて、 皆さまのお力になれる部分もあるかもしれません。

これからも、学童塾での過ごし方や、 様々な事例をコラムでお伝えしていこうと思います。

このお話が、お子さんとの向き合い方の、 小さなヒントになれば幸いです。




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